目標管理制度(MBO)とは?成果評価との違いと「全社導入」が失敗する理由
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目標管理制度(MBO)を導入すれば組織は自律的に動く——。そのような考えのもと、MBOを全社員に一律導入することは、組織に不公平感を生み保守的な目標設定を促してしまうリスクを孕んでいます。なぜなら、MBOは本来「個別に設定・合意する目標管理」であり、他人と比較するための「共通の物差し」ではないからです。
評価制度の再構築において真に求められているのは、手法の表面的な理解ではなく、「何を共通基準とし、何を特例とするか」という戦略的な線引きです。原則として大半の社員には共通の成果評価を適用し、MBOは新規事業開発や上位等級など「共通の基準だけでは十分に評価しにくい対象」に限定することが、事業成長と公平性を両立しやすい最適解となります。
本記事では、成果評価とMBOの本質的な違いから、MBOの全社導入が機能しにくい理由を紐解き、MBOが真に機能する特例ケースを解説します。自社の事業戦略に合わせた目標管理の見直しを進める上でのヒントとなりましたら幸いです。その勇気ある一歩が、現場のマネジメントを、そして組織全体の活力を大きく変えていくはずです。
目次
目標管理制度(MBO)の基礎知識と一般的な定義
多くの企業で導入されている目標管理制度(MBO)ですが、まずはこの制度の本質がどこにあり、どんな運用が理想とされるのかを解説いたします。同時に、理想の運用からかけ離れ形骸化してしまう場合、その原因は何なのか。私たちが無意識に抱いている「管理」という言葉の誤解を解くことから始めていきます。
社員の自律性を引き出すマネジメント手法
目標管理制度(MBO)とは、経営学者ピーター・ドラッカー氏が提唱した自律的行動を促すマネジメント哲学(Management by Objectives and Self-Control)が起点となっています。社員が自ら目標を設定し主体的に動くことが企業の生産性・業績向上に繋がるという概念のMBOは、画期的なマネジメント手法として当時注目を浴びました。この「セルフコントロール」こそが、MBOの本質の一つなのです。
誤解されがちな点として、MBOの本質は上から目標を押し付けることではありません。本来は、社員一人ひとりが「自分の仕事が組織のどの部分に繋がり、どう貢献しているのか」を正しく理解し、自律的に自らの行動を律するためのツールです。組織の方向性に共感し、内発的動機で目標達成に向かって思考し始めるとき、初めて社員は自走し始めます。この組織目的と個人目標の連動こそが、MBOという制度の理想の姿です。
しかし、現代のMBO導入企業では、この自らの行動を律するためのツールとしての本質に十分に目を向けられず、単なる「目標達成を測定するツール」と化してしまっているケースは少なくありません。
評価や報酬が「目標の達成率」にのみ過度に偏重して連動すると、社員は高い目標に挑むリスクを避け、低い目標を設定し確実に達成できるラインを狙うことに意識を向けるようになってしまいます。これでは自律性を引き出すどころか、社員から向上心を奪い、組織を保守化させる要因になりかねません。
MBOを形骸化させないためには、目標を管理する思想を見直し、社員の自走を促す対話の場を創出できるかが問われているといえるでしょう。
OKRやKPIといった類似手法との違い
前段で触れたMBOの形骸化を加速させる大きな要因の一つに、OKRやKPIといった類似手法との役割の混同があります。これらはすべて目標設定とその達成を目指す手法ですが、その「目的」と「時間軸」は大きく異なります。この違いを曖昧にしたまま制度を運用することは、目的と手段の大きなミスマッチを引き起こしてしまいます。
まず、OKR(Objectives and Key Results)とは、組織と個人の方向性を一致させ、高い成果やストレッチした挑戦を引き出すための手法です。MBOとの大きな違いは、評価や報酬と直接連動させない点にあります。達成可能性60〜70%程度の高い目標を掲げ、挑戦的な目標設定を促すことで、社員の創造性と野心的挑戦を最大化させると共に組織の成長を最大化することを狙った仕組みです。
一方で、KPI(Key Performance Indicator)とは、目標達成に向けた「プロセス」を可視化し、定量的に管理するための中間指標です。MBOが「最終的にどこに到達したか」というゴールに着目するのに対し、KPIは「ゴールに向けて正しいスピードとルートで進んでいるか」をリアルタイムで確認する役割を担います。これにより、日々の業務において課題を把握し、対応するべきタイミングが可視化され、行動の軌道修正がスピーディーに行えるようになります。
多くの企業が陥る罠は、この「MBO・OKR・KPI」を全てひっくるめて一つの評価として扱ってしまうことです。特に、報酬に直結するMBOの枠組みの中で、OKRのようなストレッチした高い目標設定を強いると、社員は自身の処遇を守るための保守的な行動をとってしまうことが容易に想像できます。
これら3つの手法に優劣はありません。重要なのは、自社の課題が「公平な処遇決定」なのか「非連続な成長」なのかを見極め、それぞれの特性に合わせて適切に使い分けることです。この使い分けができて初めて、MBOは形骸化を脱し本来の「主体的な行動を促す仕組み」としての機能を取り戻すことができます。
成果評価とMBOの違い:なぜ混同してはいけないのか
ここまでMBOの本来の目的や類似手法との違いを整理しましたが、次に人事担当者の方が大切にすべきことは「評価」という言葉の解像度を上げることです。MBOが導入されている評価の現場では、「成果評価=MBOの達成度」と一括りに捉えられがちですが、組織の公平性を守りつつ社員の成長を促すためには、性質の異なる二つの基準を切り分けて考える必要があります。
成果評価とは、職種や等級ごとに定義された「共通の物差し」です。等級や役割ごとに共通して求められる期待水準をベースにしつつ、担当ミッションや置かれた条件の違いも踏まえて評価するため、社員同士を横並びで比較し、役割に対する達成状況を確認する際の基準として機能します。これに対してMBOは、評価期間ごとに個別に設定される「個別の目標」です。これは「その期間に上司と合意した目標を果たしたか」を問うものであり、本質的に他人と比較するためのものではありません。
この「一律の物差し」と「個別の目標」を混ぜて運用すると、現場には不公平感が生まれます。例えるのであれば、「全員共通の基礎テスト」と「個別にテーマを選んだ自由研究」を、同じ100点満点で採点し、その点数だけで優劣を競わせるようなものです。この構造を無視してMBOの達成度だけで処遇を決めようとすれば、「難易度の低いテーマを選んだ人ほど得をする」という不満が生じやすくなり、組織の公平性は損なわれかねません。
成果評価:同職種・同等級で比較可能な「共通の基準」
評価制度の土台となる「成果評価」は、いわば組織が社員に対して提示する「クリアしてほしい基準」です。
成果評価の役割は、特定の個人の頑張りや事情を見る前に、「その等級に求められる役割を、期待通りに遂行できているか?」を測定することにあります。つまり、個人の状況に応じて目標を調整することはあるものの、一人ひとりに完全に異なる基準を設けるのではなく、「その等級の社員に共通して求められる基準」として機能します。
この「共通の物差し」を明確に定義することで、等級ごとに何が成果であるかが言語化されます。「何を、どの程度」達成すべきかが物差しのように決まっていれば、評価の透明性は格段に高まります。
この仕組みを導入する最大のメリットは、「誰が上司であっても、評価の結果が大きくブレにくくなる」という点です。評価が不透明な組織では、上司の性格や主観によって「頑張っているから合格」といった曖昧な判断が下されがちです。しかし、共通の物差しがあれば、上司の主観が入る余地が最小限に抑えられます。結果として、社員は「誰に評価されるか」を気にせずに、目の前の仕事と成果に集中しやすくなります。
まずはこの「共通の物差し」で、社員がその役割に見合ったパフォーマンスを出しているかを公平に測定する。これが、組織運営における評価の一丁目一番地といえるでしょう。
MBO:個人の状況に合わせて設定する「個別の基準」
共通の物差しとしての成果評価に対し、MBOは、その期にその個人が取り組むべき「独自のミッション」を扱うための仕組みです。MBOの最大の特徴は、社内に統一された目盛りが存在しない点にあります。目標はあらかじめ用意された選択肢から選ぶものではなく、上司と部下が対話を通じて「今期、解決すべき課題は何か」を合意し、ゼロから作り上げる「個別の約束」に近い性質を持ちます。
そのため、MBOで扱う内容は既存の職務要件だけでは測りきれない、その期間特有の課題やプロジェクトが中心となります。例えば、「新規体制の構築」や「DX推進」など、定常業務の枠組みを超えた、非連続な成長や変化を促すための目標が設定されます。
ここで留意すべき点は、MBOは本質的に「他人との比較」には適さないという事実です。
成功率の低い難題に挑むAさんと、達成見込みの高い目標を掲げるBさんが、共に「達成率100%」だったとします。目標の難易度が全く異なる以上、その成果の価値を同一に扱うことはできません。内容や背景が一人ひとり異なるMBOにおいて、「達成率」という数字だけで社員の優劣を判断し、機械的に報酬を決定することには構造的な無理があります。
この個別性を無視して、一律の評価ルールとして全社員に適用しようとすれば、組織内には解消しがたい不公平感が生まれることになります。なぜこのようなリスクを孕む全社導入が失敗を招くのか。次章ではその具体的なメカニズムを解説します。
なぜMBOの「全社一律導入」は失敗するのか
MBOを全社員に導入する背景には、「一人ひとりの課題に寄り添いたい」という人事担当者の方の真摯な想いがあるはずです。しかし、そこには公平性を損なうリスクが潜んでいます。目標を個別に決める仕組みは、どうしても上司の目標設定スキルの差に左右され、それがそのまま部下の評価の有利・不利に直結する「状態を生み出す一つのきっかけ」にすらなってしまいます。
さらに、膨大な数の個別目標について「難易度のばらつき」を人事がすべてチェックし、公平に調整するのは物理的な限界を超えています。このチェック機能が働かなければ、低い目標を立てた人が得をする不公平な状態が放置され、現場の納得感は失われていくでしょう。
多くの社員に対しては、無理に個別目標を強いる必要はありません。むしろ職種や等級ごとの「標準的な成果基準」を適用するほうが、運用はシンプルになり結果として公平性も高まります。「MBOを全員に」という手法への固執を捨て、共通基準による「標準化」へ立ち返ること。これこそが、評価制度を形骸化から救い、本来のマネジメント機能を取り戻すための重要な一歩となります。
個別設定による「目標難易度のばらつき」と不公平感
個別に目標を立てる運用において、現場で最も深刻なのが「配属される部署や上司によって、評価の有利・不利が最初から決まってしまう」という不公平な状態です。どれほど人事側でガイドラインを整えても、上司の視座や期待値には個人差があります。
想像してみてください。ハードルを低く設定して部下を勝たせようとする上司の下で、楽々と「120%達成」し高評価を得る社員。一方で、プロとして妥協を許さない上司の下、極めて高い目標に挑み組織に大きく貢献したにもかかわらず、数字が「80%」だったために「未達」と判定される社員もいる。この二人の達成率を同じ物差しで比べることは、公平性の放棄に他なりません。高い志を持つ社員ほど「正直に高い目標を立てる人間が損をするだけだ」という不信感を抱き、現場の納得感や意欲にも影響が及びます。
この格差を埋めるために人事が「難易度調整」に乗り出しても、実務上は物理的な限界があります。エンジニアの技術目標から経理の業務改善まで、何百人もの個別に設定された目標の背景や文脈を正確に把握し、評価基準を揃えることは現実的ではないからです。人事としても、目標設定の考え方を示したり、記載内容や数値の妥当性を確認したりすることはできるものの、すべての目標の難易度を実質的に揃えることには限界があります。結果として、目標設定や上司とのすり合わせの差が、そのまま評価結果の差につながる構造が残りやすくなります。
どれほど運用を工夫しても、MBOを全社一律で適用する限り、この構造的な限界を突破することはできません。では、誰が上司であっても揺るがない「評価の正義」をどう実現すべきか。その答えは、個別に設定された目標に依存しすぎない、等級ごとの「共通の物差し」への回帰にあります。
原則は等級ごとの「コンピテンシー評価」と「成果評価」の組み合わせ
評価者によるブレや目標難易度のばらつきという構造的な課題を抑えるためには、評価制度のベースを「個別の目標管理(MBO)」から、事業戦略に基づいた「共通基準」へとシフトさせる必要があります。具体的には、以下の2つの柱を組み合わせた評価モデルを推奨します。
1.成果評価(「何」を成し遂げたか?)
等級ごとに定められた期待成果や基準に基づいて定量的な成果目標(KPIなど)や測定可能な成果目標(状態など)を設定してその達成度合いで評価をする仕組みです。これは個人の状況によって完全に自由に変わるものではなく、組織がその役割に対して定義したゴールや目標に対する評価となるため、同じ部署・職種で同じ等級の場合、共通の評価項目になることが多いです。結果、上司が変わっても、同じ部署・職種で同じ等級の社員であれば、同じ評価基準で評価され、公平性を高めやすくなります。
2.コンピテンシー評価(「どのように」取り組んだか?)
単なる数字上の結果だけでなく、その成果を導き出すために必要な「行動特性」を評価します。ここで重要なのは、コンピテンシー評価が「個々の努力やプロセスの正当な受け皿になる」という点です。成果が外部環境に左右されたとしても、組織が定義した望ましい行動を安定的に発揮できているかを確認することで、評価の納得感を補完します。これは、中長期的に成果を出し続けるための行動の再現性を評価する仕組みです。
「標準化」と聞くと、社員は「個別の事情が切り捨てられる」と不安に思うかもしれません。しかし、この2つの柱を組み合わせるメリットは、運用コストを抑えることだけではありません。共通の物差しがあるからこそ、管理職は「目標設定」という作業そのものに時間を奪われることなく、「どうすれば基準をクリアできるか」「今、どの行動が素晴らしいか」という部下の育成やフィードバックに、より深く個別に伴走できるようになるのです。
ただし、この共通基準だけではどうしても測りきれない領域が、組織の中にはわずかに存在します。それは、既存の枠組みでは捉えきれない特殊な挑戦や、非連続な成長が求められるケースです。次章では、この「共通基準」をあえて外し、MBOを適用すべき「2つの特例ケース」について定義します。
MBOによる評価が適している「2つの特例ケース」
MBOを「全社員一律で求める仕組み」から「特定の役割やミッションに応じて個別に設計する評価手法」へと位置づけること。これは、事業成長の源泉となる「通常の共通基準では測りにくい挑戦」を戦略的に支援するための前向きな進化です。
不確実なミッションに挑む社員にとって、MBOは単なる採点表ではなく、進むべき方向や達成基準を明確にするための指針となります。既存の枠組みでは捉えきれない大胆な試行錯誤を、上司との強固な合意によって「評価対象として明確に位置づけられた挑戦」へと昇格させる役割を担うのです。
さらに、適用範囲を限定することで、人事が対象社員一人ひとりの目標設定に対して「この難易度は適切か」「この挑戦をどう支援すべきか」と深く伴走できるようになります。管理対象を絞るからこそ制度の質は高まり、適切な挑戦が適切に評価される運用が実現します。
既存の共通基準が通用しない領域に限定する
評価制度を真に機能させるための基本戦略は、MBOを全社一律の「基本的な運用」から、特定のニーズに応えるための「個別対応の手法」へと切り替えることにあります。
組織の多くの職務は、すでに再現性が高く過去のデータに基づいた「共通の物差し」で十分にその価値を測ることができます。しかし、企業の成長を牽引する重要な役割や挑戦の場面には、既存の基準では十分に評価しきれない対象が必ず存在します。こうした「既存の共通基準では十分に捉えきれない対象」にのみ、限定的にMBOを適用する。これこそが、人事担当者にとっても現場の管理職にとっても、最も合理的で前向きな選択です。
MBOを限定的に適用する評価手法として位置づける最大のメリットは、評価の「解像度」を極限まで高められる点にあります。標準的な基準は多くの職務や役割に適用できるよう共通化されているため、どうしても「尖った挑戦」や「未知の試行錯誤」を十分に評価しにくい側面があります。ここに無理やり標準をあてはめれば、イノベーションの芽を摘み、トップ層の意欲を削ぐことになりかねません。
そこで、標準的な基準から外れることを「必要な個別対応」として認め、その対象者にだけ個別に設計した目標管理を適用します。これにより、対象となる社員は「自分の挑戦が正しく理解され、評価されている」という強い手応えを得ることができ、人事もまた、その重要な挑戦に対して深く伴走することが可能になります。
では、具体的にどのような対象が、この「必要な個別対応」に該当するのでしょうか。MBOがその真価を最大限に発揮し、組織の未来を創り出す2つの具体的なケースを解説していきます。
特例1:社内に知見のない「新規事業開発部署」
企業の未来を担う「新規事業開発」は、MBOが有効に機能しやすい対象の一つです。その最大の理由は、「何が正解か分からない」という極めて高い不確実性の中にあり、既存事業と同じ評価基準をそのまま当てはめると、適切な評価が難しくなるからです。
成熟した既存事業であれば、売上や利益といった「共通の物差し」で成果を測ることは合理的です。しかし、立ち上げフェーズの新規事業に既存事業と同様の効率性や収益性の基準をあてはめると、試行錯誤や仮説検証の価値が十分に評価されにくくなります。まだ市場性や勝ち筋を模索している段階で、短期的な売上や収益性だけを強く求めすぎると、新規事業において必要な活動が進みにくくなる可能性があります。
新規事業の初期フェーズにおける最大のミッションは、将来的に利益を生み出せる事業を成立させるために、どの市場に・どの提供価値で・どの事業モデルで勝負すべきかを見極めることにあります。そのため、この段階では短期的な利益額のみで評価するのではなく、収益化につながる仮説検証や顧客理解、市場性の確認がどこまで進んだかを成果として捉えることが重要です。
特例2:戦略課題や変革課題を担う「上位等級社員」
組織において、事業部長や本部長、上級スペシャリストといったマネジメント層や上位等級社員に求められる役割は、ルーチンワークの遂行ではなく、経営戦略を現場の動きに落とし込み、既存の延長線上にはない「非連続な成長」を牽引することにあります。彼らが向き合う課題はその時々の事業フェーズや組織課題によって大きく変動します。例えば、「停滞している既存事業のV字回復」や「数年先を見据えた組織文化の抜本的改革」であったりと、極めて個別具体的です。
こうした組織の重要な役割を担う層に対しては、既存の物差しをそのまま当てはめるだけでは十分に評価しきれないこともあるため、「今期、組織にどのような成果や変化をもたらすのか」を個別に定めるMBOが有効です。設定される目標は、現状維持の積み上げではなく、戦略実行のための「非連続な挑戦」です。達成難易度が極めて高いからこそ、上司(経営層)との間で、その挑戦の意義を明確に合意しておく必要があります。
彼らのモチベーションを「評価のための作業」から「事業や組織の変化に向けたコミットメント」へとつなげ、ポテンシャルを最大限に引き出し、組織全体の成長スピードを高めていく。それこそが上位層におけるMBO適用の重要な狙いの一つです。
評価制度を形骸化させない「シンプル・イズ・ベスト」な運用ルール
どれほど優れた制度を設計しても、運用が複雑すぎて現場が疲弊してしまえば、それは単なる「形だけの仕組み」になってしまいます。評価制度を真に機能させるためのポイントは、驚くほどシンプルです。それは、評価シートを埋める事務作業を最小限に抑え、そこで生み出した時間を「対話」という価値の高い活動に充てることです。
目指すべきは、期末に「×」をつけるための場ではなく、目標達成を阻む「障害物」を一緒に取り除くための前向きな対話の場です。評価を「過去の結果を振り返る場」から「今後の改善や成長につなげる場」へとアップデートしましょう。
コンピテンシー評価項目は全社員共通で「5つ程度」に絞り込む
コンピテンシー評価の納得感を高めるために評価項目を細かく設定する。この良かれと思った工夫が、皮肉にも評価の形骸化を招くことが少なくありません。項目が10も20も並んでいると、管理職は「点数をつける作業」に追われ、部下の本質的な変化に目を向ける余裕を失ってしまうからです。
納得感のある評価を実現するためには、評価項目を「事業戦略を実現するために必要な人材にはこれこそが重要」といえる5つ程度に絞り込むことが、論理的にも実務的にも極めて有効です。
項目を絞り込む最大のメリットは、評価のフォーカスを絞ることで、組織の期待値が明確になる点にあります。人間の意識が一度に注げる深さには限界があります。20個の項目があれば一つひとつの比重はわずか5%になり、部下は「結局、何が一番重要なのか」と迷い行動が分散してしまいます。しかし、項目を5つに絞れば、一つひとつの比重は20%。組織が何を評価し、どこに注力してほしいのかというメッセージがより明確に伝わるようになります。
また、項目を絞ることは、評価者である管理職の「観察の質」を引き上げることにも繋がります。評価ポイントが多すぎると、管理職は期末に慌てて記憶を辿り、曖昧な印象で採点せざるを得ません。項目が5つに限定されていれば、日々の業務の中で「この行動は評価項目に沿っているか」を意識的に観察できるようになります。その結果、フィードバックの際に「あの時のあの行動が良かった」と具体的な事実に基づいた対話が可能になり、部下の納得感は高まりやすくなります。
管理職を、評価をこなす「事務的な役割」から解放し、本来の役割である「部下の成長を支援する存在」へと変えること。項目を削ぎ落とすという決断は、決して評価の手を抜くことではありません。むしろ、重要なポイントに深く光を当てることで、評価の精度と透明性を高めるための、極めて戦略的なアプローチなのです。シンプルだからこそ、基準がぶれず、誰の目にも公平な評価が実現しやすくなります。
一方、成果評価目標は2〜3つにすることが重要です。これはコンピテンシー評価の5つ位に絞るのと同様、少なすぎると業務の全体をカバーできず、多すぎると焦点がぼやけて優先順位がつけにくくなるためです。
月次面談を通じた自律性の育成:本人にネクストアクションを決定させる
評価制度を単なる点数付けの仕組みから組織を強くする仕組みへと変える最後の鍵は、運用のサイクルを「月次で回していくこと」にあります。評価の真の目的は過去を振り返ることだけではなく、目標達成に向けた「精度の高い軌道修正」を繰り返すことにあるからです。
論理的に考えれば、期末に一度だけ結果を確認する運用には大きなリスクが伴います。どれほど綿密な計画を立てても、市場環境や状況の変化によって、当初の進路からは必ずズレが生じるからです。そのズレを期末まで放置して「なぜ達成できなかったのか」と確認するやり方が望ましい運用ではないことは明白でしょう。
一方で、月次単位で実施する面談を「目標達成のための障害物を取り除く対話の場」と位置づければ、評価は前向きな改善のサイクルへと変わります。毎月小さな軌道修正を繰り返すことで、期末の「思わぬ未達」を未然に防ぎ、上司と部下が共に納得感を持って着地できるようになります。期末の評価において、部下自身がつけた自己評価と上司がつけた評価の差分がない状態に近づけることが理想です。
毎月の面談において、管理職の皆さんにぜひ実践していただきたいのが、「部下に答えを教えすぎない」というアプローチです。問題点が見えると、つい「もっとこうしなさい」と指示を出しがちですが、これでは部下の自律性は育ちません。そこを一歩踏みとどまり、「目標達成のために、来月は何を変えてみる?」と問いかけてみてください。教えたい気持ちをグッとこらえて「聴くこと」に徹してみてください。
心理学における「自己決定理論」が示す通り、人は他人から与えられた指示や義務より、自分で決めた行動に対して、はるかに高い当事者意識とモチベーションを発揮します。本人が「次はこれを試してみます」と自らネクストアクションを決定する。この小さな「自分で決める」という成功体験の積み重ねこそが、指示待ち組織を脱し、自ら考え動く自律型組織へと進化させる近道なのです。
日常の対話を通じて部下の可能性を引き出し、自らハンドルを握らせる。この運用への転換こそが、制度に実効性をもたせ、管理職である皆さんの役割を、単なる「進捗の管理」から、部下が自らの力で動き出す「自走を促すサポート」へと変えていくのです。
まとめ:自社の事業戦略に合わせた適材適所の目標管理へ
人事制度には、唯一の正解がありません。流行りの手法を追いかけるのではなく、自社の事業成長において、本当に必要なのは「公平な物差し」なのか、それとも「挑戦の合意」なのかを戦略と照らし合わせて問い直してみましょう。
これまで、「目標難易度の調整」という難しい調整業務に多くの時間を費やしてきた人事担当者の方もいらっしゃるかと思います。しかし人事の本来の役割は、事業を前に進めるための「伴走者」として機能することです。
そして忘れてはならないのは、MBOは決して万能ではないことです。むしろ、運用に注意が必要な手法といえます。だからこそ、まずは土台となる「共通の成果基準」をしっかり固めること。その上で、MBOは基準の外側にある「共通基準では捉えきれない挑戦」を評価対象として明確にするために限定して使う。この明確な使い分けこそが、組織の透明性を高め、社員の納得感を引き出す重要な考え方となります。
制度という形に縛られず、自社の未来を創るための基盤を再構築していきましょう。その勇気ある一歩が、現場のマネジメントを、そして組織全体の活力を大きく変えていくはずです。
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執筆者
FirstHR編集部
FirstHR編集部は、人事制度設計や評価運用をはじめとした人事領域に関する情報を発信しています。 実務に活かせる学びや考え方を大切にしながら、企業や人事担当者の皆さまに役立つコンテンツをお届けしています。


